科学技術の社会実装を進めるTECH PLANTERは6年目を迎え、アジア最大のリアルテックベンチャーエコシステムとなった。TECH PLANTERはどのような背景から立ち上がって拡大し、今後どのような姿になるべきか。改めて振り返るとともに、その考察を元に、TECH PLANTERは、「未解決の課題”ディープイシュー”に対して科学技術の集合体”ディープテック”で解決する、Deep Issue & Deep Tech Explorer」へと進化することを宣言する。
企業による社会貢献のコンセプト変遷
「生活の利便性と質の向上」を満たすことが「人の幸福」であった20世紀においては、そのために瑕疵のない製品やサービスを届けることそのものが企業が成長と社会貢献を両立する形であり、顧客やステークホルダーを豊かにし、結果として経済成長の原動力となった。一方でこの30年、「人の幸福」に寄与しているはずの企業に、別の形での社会貢献がより強く求められるようになってきた。CSR(Corporate Social Responsibility、企業の社会的責任)活動が推進されてきた背景には、企業規模の拡大によってバリューチェーンに関わるステークホルダーが増え、一企業の活動そのものやコンプライアンスが社会的に大きな影響を及ぼすようになったこと、グローバリゼーションの進行に伴う環境破壊や貧困などの問題に対してその責任の一部が企業にあるものと見なされたこと、そしてこれらの課題解決に対して積極的な企業の関与を求められたことがある。国内におけるCSRへの取り組みについては、経済同友会が1956年に提言した「経営者の社会的責任の自覚と実践」を始めとして、国内の状況やグローバルな動きに呼応して時代に合わせた独自の取り組みを行ってきたが、2000年代に入ってからは、ISO26000(社会的責任の国際規格)の発行、日本経団連による企業行動憲章の改定なども進み、国際的な視点に立脚した対応へとシフトしている。
このような中、2011年にマイケル・ポーターが提唱したのが「CreatingShared Value:CSV(共有価値の創造)」という概念で、社会的な課題の解決と事業の成長を両立することが肝要と説いた。この観点はすでに広く浸透し、企業経営の一つの指針となりつつある。さらに2019年現在、企業にとって関心の高いキーワードの一つが「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals、SDGs)」だろう。2015年までに開発目標として国連が取り組んだミレニアム開発目標(MillenniumDevelopment Goals、MDGs)の後継とされるが、MDGsとは異なり、民間企業の積極的な関与を求められている。
このように、今後の企業経営においては、社会貢献に資する活動を経営の一環として取り組むこと、および主事業と社会貢献を両立していくことは、大きな至上命題となるだろう。
リバネスは「科学技術の発展と地球貢献を実現する」ために生まれた
2001年12月に15名の理工系大学生・大学院生をファウンダーとして創業したリバネスは、その当初より「科学技術の発展と地球貢献を実現する」を経営理念として掲げた。これは、経営の経験を持たない15名の学生ファウンダーたちが持つ偽りのない思いと熱、実現したい事を重ね合わせて生まれた理念であった。事業の向かう先自体が地球への貢献そのものであるというビジョンは、当時の社会背景としては異色であったと言って良いだろう。
まずリバネスが取り組んだ課題は、子どもたちの理科離れであった。「身近なふしぎを興味に変える」というコンセプトの元、次世代の研究者を育成するための出前実験教室を事業として開始した。また、ポスドク問題や研究費不足など研究者を取り巻く課題解決のために理系人材の育成、キャリア開発、リバネス研究費の事業化に取り組み、事業を成長させてきた。全て、「科学技術の発展と地球貢献を実現する」ために解決が必要な課題を、自らが接してきた環境から見出し、その根本的な解決に熱を持って取り組むことをプロジェクトの根底においている。
これらの活動の結果、リバネスは重要な資産を2つ得た。一つは、0から1を産むための「QPMIサイクル」という概念を持ったことだ。詳細は「世界を変えるビジネスは、たった1人の「熱」から生まれる。」(丸幸弘著、日本実業出版社 2014年)をご参照いただきたいが、リバネスで生まれた事業、そして株式会社ユーグレナなどリバネスが支援を行ったベンチャー企業の成長を元に、「質(Quality)の高い問題(Question)に対して、個人(Person)が崇高なまでの情熱(Passion)を傾け、信頼できる仲間たち(Member)と共有できる目的(Mission)に変え、そして諦めずに試行錯誤を続けていけば、革新(Innovation)や発明(Invention)を起こすことができる、としたものである。もう一つは研究界、教育界、産業界に幅広い個のネットワークを得て、現在の「知識プラットフォーム」の基盤を得たことである。個人の持つ知識は、熱とベクトルを持ち、知識プラットフォームを構築することで、その組み合わせからさらに新たな知識を産むことができると考えた。
リバネスにとっての設立から10年余は、地球貢献自体を事業の主軸に据え、その模索から生まれてきた事例を元に、これまでにない事業を円環的に生み出しながらさまざまな課題を解決するための基盤と経営哲学を醸成し、確立した時期であった。
TECH PLANTERはアジア最大のリアルテックベンチャーエコシステムとなった
TECH PLANTERも、その始まりは社内外の熱を持った個人が集まって生まれた事業であった。きっかけは複合的だが、大きな起点の一つは、墨田区で町工場を運営する株式会社浜野製作所との出会いである。1万社近い町工場が集積していた墨田区では、事業環境の変化によって、約1/3にその数が減っている。町工場の新たな事業として浜野製作所がリバネスと連携して開始したのが、研究者やベンチャー企業のプロトタイピング支援だった。またリバネスが、2008年から首都大学東京の大学院生向けにアメリカ西海岸地域で研究者・ベンチャー行っていた研修を通じて、複数のシードアクセラレーションプログラムの勃興を目の当たりにしたのもこの時期である。加えてリバネスが支援を行っていた株式会社ユーグレナは2012年に東証マザーズに上場、株式会社オリィ研究所や株式会社ジーンクエストなどを始め、複数の研究開発型ベンチャーのハンズオン支援も並行して増え始めていた。
このような事業環境で、「研究者、町工場、経営支援機関がタッグを組んで、テックベンチャーを生み、育てる世界初のプログラム」として2013年10月にリバネス社内で小さなプロジェクトとして始まったのがTECH PLANTERである。年の明けた2014年1月にエントリーチームの候補となる研究者やベンチャーが集うキックオフが開催され、2014年3月に日本たばこ産業株式会社を始めとするパートナーの協力のもと最初のデモデーである「第1回テックプラングランプリ」が開催された。そこで出会ったのが、最優秀賞を受賞した清水敦史氏(現株式会社チャレナジー代表)を始め、自ら設定した課題と問いの解決に向けて、すなわち課題解決そのものを事業として技術とビジネスの開発に取り組もうとする人々であった。エントリーチームの生み出す熱いパッションに突き動かされるように、TECH PLANTERの取り組みは急速に広がり出す。2014年6月には、シンガポールにおいて初の海外でのTECHPLANTERを開始。これを皮切りに東南アジア、欧米でのTECHPLANTERが順次立ち上がっていく。国内においては、対象分野の拡大が進んだ。
2014年9月には第2回テックプラングランプリを開催した他、同年11月にはロート製薬株式会社、オムロン株式会社、株式会社𠮷野家ホールディングスなどの協力を得てアグリテック分野に拡大。さらに翌年2015年1月にはロート製薬株式会社などの協力のもとバイオテック分野にも拡大した。2014年シーズンを終了した段階で、累計のエントリーチーム数は100チームを超え、リバネスとパートナー企業にとっては、新たな知識プラットフォームの構築となったのである。
2015年に入ると、ものづくり全般を対象とする「ディープテック」、農林水産や食分野を対象とする「アグリテック」、ライフサイエンス・ヘルスケア分野を対象とする「バイオテック」の3分野を横断的してエントリーチームとの連携を図るパートナー制度として、ダイヤモンドパートナー制度を開始。同年にはユーグレナ・SMBC日興証券・リバネスでリアルテックファンドを設立、エンジェルラウンドで小口出資を行う株式会社グローカリンクに加え、シードアーリー段階でシームレスにベンチャー企業に資金調達が行える体制を構築した。これを元に、TECH PLANTERは「科学技術の社会実装プラットフォーム」となったのである。
また、2016年4月には、独自の動きとして、地域内で新産業を産むためのエコシステム構築を目的として、熊本県・肥後銀行・熊本大学・一般社団法人熊本県工業連合会及びリバネスによって「熊本県における次世代ベンチャーの発掘と育成に向けた連携協定」を締結。同年7月には第1回熊本テックプラングランプリを開催した。地域内の課題や研究・産業基盤をもとに生み出されるプランは、地域の未来に向けて重要な資産になる。2017年には海に関わるあらゆるプランを対象とするマリンテック、2018年には創薬・医療機器分野を対象とするメドテックに分野を拡大した。
2018年シーズンの終了までに、TECH PLANTERは5分野の技術分野の創業を支援するプログラムとなり、累計610チームが参画するプログラムに成長。加えて、国内9地域で行政・大学・地銀と連携した独自のプログラムを運営し、海外での開催履歴は10 ヶ国13地域、これらを合わせて国内外で約1,600のチームが参加している。エントリーチームに対するエンジェルラウンドからシード段階でのグローカリンク、リアルテックファンドからの出資総額は38億円を超える。年間を通したダイヤモンドパートナーは累計23社となり、単なるアクセラレーションプログラムに止まらず、アジア最大のリアルテックベンチャーエコシステムとなった。この道程は、数多のエントリーチーム、経営支援パートナー、スーパーファクトリーグループに参画する企業、各デモデーのスポットパートナー、そして累計23社のダイヤモンドパートナーのおかげであり、この場をお借りして改めて感謝の念を表したい。
ディープイシュー・ディープテックという新たな定義
これまでのTECH PLANTERの運営を通じて、課題と技術の2つに関する重要なポイントがあると考えている。これを期に、この2点について掘り下げておきたい。
TECH PLANTERでは、課題に取り組もうとする個人の熱が第一に重要であり、初期の段階で技術が確立している必要はない。課題に対して熱があれば、表面的な事象だけでなく、どのように解決すれば良いか、その課題を現地で自らの目で見つめ深く考察し、ブレイクダウンして根本的な解決に繋がる解を見出せる。前述の通り、課題解決こそを事業の根幹に置くことが重要であり、どんな技術を持っているか、ということよりも優先されるべき事柄である。このように、現地での洞察と考察を経て深化された課題のことを、「ディープイシュー」と定義する。国内、世界のさまざまな地域で行われるTECH PLANTERは、パッションを持った個人が持ち寄る、その場独自のディープイシューが集積される場でもある。
ディープイシューの設定ができた上で、初めてどのような科学技術がその課題を根本的な解決に導くのか、を設定すべきである。また、必ずしも高度な技術が必要である訳でもなく、いわゆるローテクでも構わない。課題の解決こそが優先であり、ローテクで解決できる課題も多くあるからだ。
ユーグレナの出雲氏は、バングラディッシュのスラム街へ支援に趣きその現場を知ることで、食糧不足ではなく、栄養不足が真の課題であることを見出した。栄養不足を根本的に解決する可能性を持つ素材としてミドリムシに行き当たったが、創業時からミドリムシの大量培養技術を保有していたわけではない。大阪府立大学の中野長久名誉教授らが長年に渡って行ってきた研究の成果に加えて、八重山殖産株式会社の協力のもと培養プールを活用できたことで、世界初のミドリムシの大量培養に成功している。株式会社abaの宇井氏は、介護職に身を置き、排泄ケアの労力に大きな課題があることを学んだ上で、自身のコアであったロボティクス技術を活用してその課題を解決するためのデバイス開発を進めている。トイメディカル株式会社は、メディカル用消耗品の製造販売を行う中で多くの透析患者に触れ、食事制限がQOLを低下させている現状に触れて塩分吸収を妨げるサプリメントの開発に着手した。開発したサプリメント「Del Salt」は、特殊な新規成分は利用していない。比較的食品に多用されている海藻類などの成分が配合されたものだが、熊本大学医学部の藤原章雄助教(藤原助教自身も熊本テックプランターのエントリーチーム「株式会社 ケイ・アイ・ステイナー」のメンバーでもある)との共同研究でその配合比率を検討し、塩分の包摂に最も効果的な配合を見出し、商品化に至った。
TECH PLANTERでは、エントリーチームとパートナー企業の技術やアセットの提携により、新たな技術が生まれる場にもなっている。第1回テックプラングランプリで最優秀賞を受賞した清水氏が設立した株式会社チャレナジーは、浜野製作所との連携でマグナス式風力発電装置の試作開発を進め、日本ユニシス株式会社、THK株式会社などのパートナー企業と共同で実証を進行、2018年には石垣島にあるユーグレナグループの敷地内に量産試作機の位置付けである10kW試験機を設置した。グローカリンクやリアルテックファンド、THK株式会社、小橋工業株式会社などのパートナー企業からの資金調達も進め、フィリピンでの実証に邁進している。第1回のバイオテックグランプリで最優秀賞を受賞したチームメタジェンは、チームの代表であった福田氏を中心にメタボロジェノミクスによって腸内環境を解析する技術をコアに株式会社メタジェンを設立、森下仁丹や協和発酵バイオとの技術開発の他、パートナー企業6社も参画する腸内デザイン応援プロジェクトを開始。2019年には、次世代腸内環境評価・層別化サービス「MGNavi®」を医療機関・企業向けにサービス開始している。株式会社ニューロスペースは、自身が悩まされた睡眠障害から、睡眠に着目した事業プランを持っていたが、当初は技術がなく、ファイナリストに選出されたのは筑波大学出身の研究社と一緒にエントリーした3度目のテックプラングランプリだった。ファイナリストとしてプレゼンした結果、審査員であった吉野家ホールディングス代表の河村泰貴氏が着目、株式会社吉野家に睡眠改善プログラムの提供を開始したことを皮切りに広がり、ニューロスペースのプログラムは70社以上に提供されている。2017年には睡眠解析プラットフォームの開発を開始、𠮷野家との実証実験を開始した。
このように、TECH PLANTERのエコシステムの中で熱とアイデア、技術を持ち寄り、それを組み合わせる「知識製造」を重ね、その結果、課題の解決に前進する。このようなプロセスで、ディープイシューを解決するために進化する技術を、改めて「ディープテック」と定義したい。
このように、TECH PLANTERは、「未解決の課題ディープイシューに対して科学技術の集合体ディープテックで解決する“Deep Issue& Deep tech Explorer”」と言える。単にエントリーしてプレゼンだけをする場ではなく、チームのリストを得て終わる場でもない。デモデーをきっかけに、具体的な一歩を始めることが最も重要だ。エントリーチームやパートナーと出会い、情熱を持った個人に触れて、デモデーを起点に本当に何かを起こすことに意味がある。これにより、新たなディープテックが生まれ、これによってこのエコシステムに関わった組織がエンカレッジされ、ディープイシューの解決に繋がり、結果としてイノベーションとなるのだ。
8分野のディープイシューを設定、これにドライブされるディープテックを産む場へ
次年度シーズン以降、次のフェーズとして進化を進める。まず、TECH PLANTERの真骨頂ともいうべきDeep Issue & Deep techExplorerの機能をより先鋭化するため、これまでに集まった842のエントリーからディープイシューを8つに分類、それぞれでデモデーを実施する体制へと変更する方針だ。エントリーチームは、改めて自らのプランがどのようなディープイシューに立脚しているのか、その原点を見つめることができる。全分野をカバーする「ダイヤモンドパートナー制度」は今年で終了、パートナー企業にとっても、自らの事業体に合致した関心領域に当たるディープイシューに焦点を絞って参加することが可能だ。また、地域ごとのディープイシューと技術が出会うセレンディピティを高め、ディープイシューの解決を加速することも進める。どの地域のどのような質・量の課題を解決するのか、ということは、すなわちマーケットの開拓に等しい。日本国内ではディープイシューの解決に繋がらない技術でも、別の地域では根本的な解決に繋がる、という事例もある。ディープイシューにドライブされる形態である以上、より多くの技術と出会えることで、解決の可能性を高めることができる。さらに、立場も超えた超異分野的チームを形成、課題解決に当たる枠組みも推進したい。2019年より、日本財団および一般社団法人JASTOとともに、リバネスは海ごみ削減を実現するビジネスを生み出すをプロジェクト・イッカクを開始している。海ごみ削減のように、多くの当事者が存在し、複雑な状況にある課題に対しては、1社のみにその解決を托すのではなく、立場や分野を超えて連携体を生み出すことが必要だ。TECHPLANTERが構築したエコシステムを通じて、同類のプロジェクトが数多く生まれていくことを期待したい。
6年目を迎えたTECH PLANTERは、次のフェーズに向けて大きな節目を迎えた。Deep Issue & Deeptech Explorerとして、科学技術の発展と地球貢献を実現するためのプロジェクトとして、益々のご期待をいただきたい。
出典:塚田周平 (2019). 創業応援15, 20-21.